<新版K式における「例前」・「例後」の深い意味>
―見本がわかることは実はすごいこと
見本を見て,子どもがその通りに再現できる力は,授業や学習において学ぶことのできる内容を大きく広げます。「見本がわかる」ということは,自ら学ぶことのできる力がついているということです。模倣は全ての学習の基礎になります。定型発達のお子さんであれば,特に大きな配慮をしなくても1歳半あたりから自ら模倣を獲得していきます。しかし,発達にハンディキャップがあって見本の模倣がスムーズにできない場合には、模倣それ自体が指導の必要な課題になります。
<P102 横線模倣1/3 ・ P103 縦線模倣1/3>
動作の模倣―認知機能と社会性を反映する複雑な発達の現象
K式検査には,検査者の動作をそのまま真似る課題はないのです。P102 横線模倣1/3 ・ P103 縦線模倣1/3あたりが模倣の課題になります。模倣は外から客観的に観察できるので「できる・できない」がはっきりわかりますし,クラスや授業でも取り組みやすい課題です。学習におけるとても大切な土台部分です。脳においてヒトミラーニューロンシステムで模倣や共感に関連するのは,下前頭回や上側頭溝という部分です。健常な方々の脳と広汎性発達障害の方々の脳を比べるとこれらの部分の体積異常の報告が多くあります。しかし,年齢と共に脳が発達し,所見も変化するという理解が広い支持を得ています。脳の可塑性を信じて子どもに良いと思われることはどんどんやっていきましょう。発達障害の子どもにとって一番悪いのが何もされずに放置されてしまうことなのです。
<3つの模倣を区別する―つられ模倣・表層模倣・意図模倣>
模倣には3段階あります。相手の動きに対する反射の発展形として出る「つられ模倣」,相手のやっていることを表面だけ真似する「表層模倣」,相手の意図を理解して真似する「意図模倣」です。具体的に言うと,先生が「ことり」の真似をして子どももその真似をしたとします。動作は同じ「両手をパタパタ」です。先生の動きにつられて子どもは反射的に手を動かしただけなのか,「ことり」という意識なしに相手の真似をそのまま行っただけなのか,「ことり」の気持ちになって大空を飛ぶイメージで手をパタパタさせているのか。この模倣の水準を区別することは、子どもの内面の発達を知るうえで大きなカギになります。模倣をさせるときにはちょっと意識して子どもの模倣を見つめましょう。模倣は全ての学習の基本です。模倣学習を充実させることは,自分から学ぶための学習の土台を作っていることにもなります。
<模倣がまだむつかしい子どもにも 模倣を学ぶチャンスを>
模倣が難しいレベルの子どもはたくさんいます。模倣が難しい生徒にはどのような支援が考えられるでしょうか。「物を持たせる」のは有効な方法です。何も持たないで模倣をさせるよりは,布や棒,輪などを使っての模倣の方が,何もない模倣よりも,子ども自身がはるかにからだの動きがわかりやすくなります。また「道具」も有効な支援です。箱をまたぐなどの模倣は,先生と一緒に歩いていけば,なんとなくでも足を上げてくれることが多いように思います。また「模倣の段階に配慮する」ことも大切です。まだイメージが作れない段階の生徒に「ここは海。さあ,さかなになってみよう」のような意図模倣の設定はかなり無理があります。模倣自体が難しい生徒には,まずは単純で粗大な動きの真似をさせることからが基本です。くるっと一周まわるような動きを模倣させるときがありますが、からだが一回転まわることで,子どもの視界から一瞬先生の姿が消えます。ほんの一瞬のことなのですが,この見本が見えなくなるということに不安を感じる子どもは実は多いのです。 常に子どもの視界に先生が見え続けるということは,実はとても大切なことなのです。
P68-70 課題箱(丸棒・角板)課題って簡単ですか?
奥が深い課題です。感覚・運動・視覚・姿勢・記憶・対人関係などの総合力が必要です。この課題が通過するには、「検査者の声かけに応じて課題箱を見る」「目的の場所を見つける」「棒(または板)をつかむ」「目的の場所に手を持っていく」「入れる」「手を離す」「落ちた音を聞いて終わりを確認する」のような感覚の連携が必要です。穴の位置や方向をとらえるためには,なにより「姿勢が安定」していることが必要です。穴の位置を覚えておくには「記憶の要素」,検査者の指示を理解するには「対人関係の要素」も必要になります。通過しない生徒に対して大切なことは,「なぜこの生徒はこの課題を通過しなかったのか」をしっかり考えていくことです。「全身のバランス」「記憶できる空間の範囲」「ことばの理解度」「指さしの理解度」などのどこかにつまずきがあったから,生徒はこの課題を通過しなかったのです。そのつまずきを見極めて教材への工夫につなげていくことが大切なのです。究極のところ,私たちの仕事の本質は,子どもがどこでつまずいて,そしてどのような支援が必要なのか考えることなのです。
P68-70「課題箱」と P73-75の「はめ板」の深~い意味
P68-70「課題箱」の丸棒・角板は,触覚や視覚や運動により,「穴に注意を向ける」「見たところに手を動かす」「入った!」という達成感を,自らの感覚で確認できる課題です。一方、P73-75「はめ板」は、平面の世界へ移行する途中の教材になります。この「はめ板」課題が通過する生徒には2パターンあります。見ただけで形がわかる子どもたちと、試行錯誤しながら,「あ、はまった。これだ!」という正解の出し方をする子どもたちです。また見て形はわかるものの板の向きが違う子どももいます。そういう子はくるくると回して試行錯誤しながらはめていきます。P68-70「課題箱」と P73-75の「はめ板」は、どちらも同じようにはめたり入れたりする課題です。が,課題の難易度が違いますし,子どもの発達段階で正解の出し方が違ってきます。この子どもの正解の出し方をじっくり見ていくことで,たくさんの支援のヒントが見えてきます。その生徒が「見てわかる」レベルのお子さんなのか,「触ってわかる」レベルのお子さんなのかを知ることだけでも、その後の支援は大きく変わってきます。
P73-75「はめ板」通過からなかなか先に進まない生徒へのアプローチ
形の違いに気がつくためには,「物には形があり,同じものと違う物がある。」ことが理解できなければなりません。またこの「見てわかる」段階の前には,「触って分かる」段階があります。もしP73-75の子どもが「はめ板」はできるのに,形や絵の理解に苦戦しているとすれば,それはもしかすると、まだその生徒は「触ってわかる」段階にいるのかもしれません。だから見てわかる「はめ板」で苦戦するよりは,その手前の「触ってわかる教材」で力をつけるほうが,かえって早く力がつくかもしれません。急がば回れ作戦です。つけたい力の一歩手前を充実させる」というのは,支援としてとても有効な方法だと思います。一歩手前のレベルならば,子どもに「できた!」という感覚を持たせやすい教材を作れますし,子どもが授業で達成感を感じる場面も格段に多くなる利点があります。
P75 はめ板回転全1/4 P74 はめ板全例無 はめ板の目的
はめ板課題で子どものどんな力が見えてくるのでしょう。この課題では,形の大きさとの相互関係はもちろんですが,「穴に注目する」「見たところに手指を持っていく」「抜いた板を置く」などの力も見ています。また物を操作する活動を通じて,他者の存在に気づいたり,やりとりの能力が育っているかを見る狙いもあります。検査では,検査器具を媒介にしての検査者とのコミュニケーションの様子も含めて,それを「検査の様子」として報告します。発達検査は発達年齢を出すためのものではなく,常にその結果を授業での支援につなげるべきものなのです。ですから,「できた」「できない」ではなく,検査者とどう係わったかということも大事な資料になります。
P68-70「課題箱」 と P73-75の「はめ板」
視覚支援が通じない子どもたちへの支援を考えます。P68-70「課題箱」と、P73-75の「はめ板」が不通過であれば,その子どもはまだ「見てもわからない」世界にいるのかもしれません。つまり,「感覚の世界」の住人だということです。子どものためにせっかく作った絵カードや写真が子どもにフィットしないときは,それは絵カードや写真が悪いのではなく,子どもの住んでいる世界と教材とのミスマッチを疑ってもいいかもしれません。
P76入れ子3個・P77入れ子5個 教材に大きさの順序があるときの基本原則
P76入れ子3個・P77入れ子5個という課題があります。大小関係の理解,操作能力,課題意識などを見る課題です。3個ならば適当にやってもたまたま完成する時がありますが,5個になると適当ではまず無理です。大小関係がきちんとわかっていないとできません。日常の教材でも大小を学ばせるようなものがあります。大きさを学ばせる課題では必ず大きい方から教材を渡します。つまり「大きさに順序がある場合は大きい方から渡す」ということが指導の原則です。理由は小さい教材は大きい教材の穴に入ってしまうからです。また子どもが右利きでしたら、左から大→小となるように教材を置きます。こうすることで利き手である右手を体にひきつけて正中線(体の中心)を越える作業になり、自分の手の動きをよりわかりやすく体感できることにつながります。
この考え方とは反対に「P29 階段の再生」課題では,子どもの右側に一番高い4段がきて左に行くほど低くします。これはわざと子供の手が正中線を越えない作業にすることで子どもが作業しやすくしています。それによりこの検査で主に見たい記憶保持や系列化についてじっくりみることができます。
P100 なぐり描き―子どもの発達と描画
子どもの発達を見ていく際に,子どもが描いた絵はとてもたくさんの貴重な資料を提供してくれます。世界中の幼児が,言語・習慣・民族・国籍を越えて同じような表現形式による人間描画をしますので,絵を見れば,子どもが大体どの発達段階にいるのかわかります。子どもが絵を描く行為を大切に考えなければならない理由は,それが子どもと外界とのやりとりだからです。ピアジェ(1969)は,「描画」は表象機能の出現を表す代表的な行為だと言いました。なぐり描きであってもそこから色々なことが読み取れます。
例えば,絵が紙からはみ出ていなければ子どもは紙が描かれる側、筆記用具が描く側であることがわかっているということ、そして紙の大きさも認識できているということです。もし筆記用具の先をボキボキ折ってしまうのならば、子どもは指先の力の調整がまだまだ難しい段階だということになります。ですからそのような子どもの支援は,まずは筆記用具の見直しからになります。